December 2011
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そういや『からくりTV』の替え歌コーナーって明らかに構成作家が準備した自虐歌詞を低所得者や老人などの社会的弱者に寒空の中で歌わせ、暖かいスタジオにいる芸能人がそれ...
– Twitter / WAFL (via rpm99) (via webstocker) (via butazuratruk) (via yaruolikes) (via yaruo) (via otsune)
Brfxxccxxmnpcccclllmmnprxvclmnckssqlbb11116とは、スウェーデンに住む夫婦が1991年に生まれた息子に名づけようとした名前...
– Brfxxccxxmnpcccclllmmnprxvclmnckssqlbb11116 - Wikipedia (via shibata616)
dqnネーム・・・?
人生で大事な人間なんて、せいぜい30人くらいだって。
– ソーシャルメディアで「おいしい仕事」なんてやってこない 中川淳一郎×常見陽平対談(中) (1/3) : J-CAST会社ウォッチ (via igi)
自分らでかき集めたおもちゃで遊んでたつもりが、
いつの間にか自分自身溶けて消えちゃうってのがタンブリストの業
– dsbdはまためぐりくりかえす - たんたろ日記
それはとてもとても気持ちのいいことなのよ
(via petapeta)
http://www.youtube.com/watch?v=X21mJh6j9i4&feature=... →
これCM?
前衛的過ぎる!
超スゲェ楽になれる方法を知りたいか? ニコ動の「般若心経 新訳」が衝撃 | DDN JAPAN /... →
非貨幣経済
金本位体制のオルタナディブ的な世界。
経済を財のやり取りをする二者間の信頼を元にまわそう、という考え方(だと思う。)
#不思議の国のNEO#という本を読んだ。お金はなくて、物々交換のみで成立つ世界の話。本当に物と物をやり取りするわけではなくて、「約束を取り交わす」ことで取引が成立する。例えば、市バスに乗りたい場合は「ソフトウェアの仕様書を書いてあげますから、バスに乗せてください」という約束を運転手と交わす。運転手はその人から「ソフトウェアの仕様書を書いてもらう権利」を得たわけだ。運転手はそんな仕様書は必要ないが、例えば30年前のプログラムで動いている古いアプリケーションをなんとかリプレースしたいと思っているA社の情報システム部門担当者にはニーズがあるだろう。その権利が巡り巡ってその担当者に届けば、需給が一致するという。非貨幣経済は「約束」が流通する世界なのである。
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インターネットなんつーものはね、許可なんか求めていないクレージーな人たちによって作られてきたんだよ。それによって社会はすごくよくなったんだ。もし彼らが許可を求めて...
– Twitter / @hyoshiok (via dannnao)
粗末な道具ばかり使っていると、仕事も粗末になる。IT以外のリアルな職人の間では常識だが、二流の職人でも最初は道具の扱い方から教える。その道具の手入れがきちんとでき...
– 101回死んだエンジニア: プロの使う道具と技 (via shibata616)
より高頻度にバグを修正し、かつ最近になって集中的に直しているほど、スコアが大きくなります。そしてスコアが大きいほど、相対的に見てそのコードにはバグがある可能性が高...
– グーグルはコードの品質向上のため「バグ予測アルゴリズム」を採用している - Publickey (via otsune)
「閉店の音楽」は「蛍の光」ではなかったという衝撃 | DDN →
pdl2h:
abworks:
気づかなかった…!!
これは気付かなかった。あくまで4拍子を3拍子に変えている編曲版なので「別の曲」ではないものの、原曲と拍子が違うことを今まで知らなかった。というか、この「閉店の音楽」、CDが出ててAmazonでも買えるのか。しつこい訪問販売があった時に、これをBGMで流せば条件反射で帰ってくれる、とか、面白い使い方がありそうな気が。
まじで!!!全然わかんない!
cajon:
“友人が若くして亡くなった。御遺族から自分に連絡が届いた。しかし、どうやら自分にだけ届いた節がある。自分より彼と親しい人は他にたくさん居た。友人達に連絡を入れながら、何故自分にだけ連絡が来たのだろうと考えていた。 気が付いた。年賀状だ。 年賀メールではダメなのだ。紙の状態で残る、年賀状という形でなければいけないのだ。 年老いた親御さんが遺品を整理する際、当人のPCや携帯の中に入っているメールアドレス群を発掘できるだろうか? 仮に発掘できたとして、どのメールアドレスが親しい人のソレだと判断できるだろうか? まず無理だ。自分の両親にも尋ねてみたが、無理だと言われた。デジタル機器に慣れ親しんだ世代が老人になった頃には無理ではなくなるかもしれない。だが、今はまだ無理だ。...
カップめんに関する考察
カップ麺はラーメンではない。それはドリップコーヒーが缶コーヒーでないのと同じように、カニカマボコがずわいがにではないのと同じように、ポンジュースは濃縮還元オレンジジュースではないのと同じように、別ジャンルの食べ物なのである。
それぞれに強み弱みがあるものであり、それぞれが比較対象にされるべきものではない。
さて、カップ麺に関して。カップ麺が求めるべきは、「早い・安い」を極めるべきものである。「うまい」を極めるのはラーメンの役割である。そんなわけで、「あとのせ」があるカップ麺は事故破綻しているといえる。あとのせは手間であり、すでに手軽ではない。日清カップヌードルはベストプラクティスである。お湯を注ぐだけで食べられるし、味のレパートリーも豊富だ。「チーズマン」という謎のキャラが最近は出ているが、それもまた魅力の一つとなっているように思う。
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http://vimeo.com/17660779 →
バルスの仕様 →